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Jun 06, 2006 / 3:38 AM
とりとめのないはなし

昨日は溜池山王の駅近くで打ち合わせ。
どうも地下鉄が好きになれない。

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機構の設計をやっている。
いちいち部品が高価で今更ながら驚く。

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コンセプト、コンセプトとよく言うが、実はこの言葉が好きになれない。
デザインをするうえでコンセプトが重要であることは間違いないと思われるが、
アートワークとして構想する場合、観客が作家の狙ったコンセプトを、
確実に受け取れることがそこまで重要なことなのだろうか。
コンセプトが色濃く反映された作品というのは、作家の思考の範疇を出ないと言えなくはないか。
根拠が無くてもものを言い切れる(説得力がある)のが作品であるとは言えなくはないか。
理屈が理屈に見えなかったり(聞こえなかったり)、
作品のディテールによって理屈が完全に隠蔽されたりしている方がアトラクティブではないのか。
向こう側に理屈が透けて見えるようなものは理想的ではない。

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妹の書いた短篇小説が、あるコンペで佳作入選したようだ。
卒業論文も書かずに何をやっているのか、と問いたくもなるが、めでたい話である。
母の分析によると、小学校の珠算にしろ、中高の柔道にしろ、
妹の方が、同じ歳の自分より先に頭角を現すことが多い。
父親は、彼女を2つ年上の自分と並べて見るのが常で、
その様子は、自分から見ても、ときに厳しく思われた。
彼女は、「無言実行」などと言って、決意を露骨に表さない方だから、
見た目に分かるようなことはほとんど無いのだが、
頬を伝う悔し涙に至っては、それを見る思いがしたものである。それも数度ではない。
彼女自身、気付いているようではあるが、
拡げることは、進むことでもなければ登ることでもない。それは、競技ではない。
そこにある自由と、それに伴う困難を、彼女は既に体験しているはずである。
第一歩を踏み出した彼女を、背中を向けたまま祝福したいと思う。


by HIRA