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2006年05月30日
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実際はアブソリュート型になりそうなのだが、
とりあえず安価なインクリメンタル型のロータリーエンコーダーから角度をとっている。
A相、B相の+/0のパターンから回転方向を知ることができる。
やってみると意外とつまずくことなく完動。
あとはリニアエンコーダーからも数値をとって、それからシリアルで出す。
とりあえずアセンブラがダメなのと、PICC-Lite版のソースが少ない(非常に)のが痛いところ。
少ない上に嘘が平気で書いてあったりする。
アウトプット用にはとりあえずPWMでLEDの調光をやってみたが、
これも原理が分かれば意外と簡単で安心した。
パルス幅を変えるだけで、これだけ奇麗に調光できることに驚く。
物理設計としては、回転体への電源供給が山か。
論理設計としては、どこまでをPICでやって、どこからをcocoaに任せるのか、といったところが焦点。
やってみた感じ、cocoaのようにダンプできないのが非常に不便なので、
さっさとrs232cを実装したい。
昨日、初めてPICを触ったのだが、
とにかく手を動かして覚えるしかなさそうである。
新しいことを手と頭で覚える楽しみを、久しぶりに感じている。
1昼夜座り続けることが、まったく苦にならないのは幸せなことだ。
入力のプロトタイプが上がったら、さっさとcocoa/OpenGLと連携して、
そこから膨らませてインスタレーションの外観を決める。
出力にもPICが絡む可能性があるので、とりあえず前に倒しておく。
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毎年毎年、この季節からは寝たくならない夜が続く。
とはいえ、今夏のスケジュールはかなりタイトなので、
自制を効かせて睡眠時間を確保したいところ。
投稿者 HIRA : 22:11
2006年05月23日
SharpenItUp
一昼夜に渡り、延々と鉛筆を走らせた結果、
やっとまとまった形が見えてきた。
どうも鈍いものしか出てこなかったのだが、ここに来て、少しはシャープなカタチが出てきた。
入力系についてのリサーチも始めつつ、インタラクションや外観を詰めていく。
もう一捻りが欲しい。
アウトプットに関しては、レスポンス速度が鍵になることは明白だし、既に不安要素でもある。
決まってしまえばあとは作るだけ、というタイプの作品なので、
さっさと手を動かしたいところ。
入力デバイスの設計が、かなり手こずりそうである。
ゴールが見えた気がすると、とにかく先を急ぐタチなので、
今年も寝たり寝なかったりの日々が始まる予感がしている。
年齢が武器になり得るうちに、先を急ぐのも手としてはアリか。
昨日は日の出の状態が好ましくなかったので残念。
今日は粘って甲斐があるだろうか。。
投稿者 HIRA : 01:43
2006年05月22日
realize
今年度は改良も含め、3作を作ることになるようだ。
漠然としていた構想が、それとなく輪郭を持ち始めるのを、
我がことながら、ぼけっと待つ。
その時間は楽しいものだ。
時間を気にせず、気の向いた音楽を聞き、気の向いたものを見て、
気の向いたときに鉛筆をとる。
コーディングの前のこの時間は、唯一、ロジック抜きで考えることを許される時間である。
副産物も多い。
実務が多いときにはできないことだ。
何かを捨てる代わりにこの時間を得ていることは間違いないし、
そのために捨てられるものは少なくない。
インスタレーションに実写を持ち込むのは初めてのことで、
先は見えないがゆえに、テンションも高くなる。
技術的にも新しいことをやりたくなるころだ。
年に1つぐらいは新しいことをしたい。
今日は訳あって日の出を見たいので、もう少し手を動かす。
投稿者 HIRA : 03:45
2006年05月14日
拡
決して、メッセージをどうの、ということではなく、
見えている世界を、高純度のまま実体化/パッケージすること。
その世界が使い古されたものであるとか、保守的であるとか、前衛的であるとか、
そういったことが、何かの基準になることもあるかも知れないが、どうやら本質的に無意味なようである。
全ての基準は原理的に相対的(主観的)であるはずだ。
今更、一般化した基準/規準に囚われることほどくだらないことはない。
ただ世界を観察する独立した点でありさえすればいい。
そのとき、一般的な基準/規準など無意味だし、その状態においては、
規準があるべきか否か、という問いさえも破綻するはずである。
投稿者 HIRA : 03:12
2006年05月12日
whatistheproofofthattheworldisreal?
自分の身体という、あくまでもローカルな観測点。
観測手段としての五感、知覚。
それを、どうグローバライズできるのか。
普遍/不変なものは何なのか。
欠落しているのは何なのか。
補完できる/できないものは何なのか。
記述できる/できないものは何なのか。
拡張できる/できないものは何なのか。
この世界がリアルである証拠は存在しないのか。
投稿者 HIRA : 01:00
2006年05月09日
北へ/西へ



桜の終わる仙台にて。
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地元の海浜公園にて。
東京へ来て、この公園の砂の白さに気付く。
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祖父母宅の玄関。今どき珍しい土間。
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田ノ浦海岸より。
遠方に発電所の煙突が見える。
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自宅の窓より。
正面は大麻山。
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祖母とつつじ。
自宅へ続く私道にて。
つつじは、三隅町の花でもある。
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自宅から最寄りの某コンビニ。車で15分。
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祖父母宅にて。蓬。
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祖母。ネコを押して代替地へ。
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代替地にて。礼光寺の屋根が見える。
この日は、無花果、枇杷の剪定。
豆の棚の時期に間に合わなかったことが悔やまれる。
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祖父。
この帰郷でも、何度か連れ立って出かけることができた。
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この日、小一時間の釣果。
鱗とアラを抜いて味噌汁に丁度良いぐらいの型。
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ユウキ+ミチシタ。
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ミチシタ。相変わらずよく喋る。
ここに自分がいるということは、
この瞬間、他のあらゆる場所にいるという選択肢を排除した結果である。
憶えておく。