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2006年01月29日

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学外展の準備で、何もかもグチャグチャである。
(部屋とか、HDとか、メーラーとか、スケジュールとか)
明日/明後日には、展示用の機材がすべて我が部屋に一時収納される。
立って寝ることになるかも知れない。

わけあって、動き出すのが遅かったので、
混乱は想定の範囲ではある。
幸い、テンションは高いのが救い。

今月中に事務作業を終え、あとは作品の方に力を入れる。
作業は、展示作品自体のクオリティの向上にシフトする予定。

投稿者 HIRA : 16:37 | コメント (2)

2006年01月25日

transNonFIction ー臨場する不在ー

2006.02.12[sun]-19[sun].11:30〜19:00.[会期中無休]
@BankART Studio NYK. 1F NYK hall. [入場無料]

出展:飯沢 未央/大畑 彩/末綱 久美子/平川 紀道
企画:多摩美術大学大学院 サウンド & メディア芸術研究室
協力:BankART1929, EPSON , tollywood

URL http://www.idd.tamabi.ac.jp/transNonFiction/

展覧会やります。
"GLOBAL BEARING" ,"DriftNet ver.1" 同時出展します。
DriftNetに至っては、メディア芸術祭より先の公開です。
常駐してますので遊びにきてください。

投稿者 HIRA : 21:19 | コメント (2)

2006年01月24日

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山に続く山で、終わりはまだ見えないが、テンションは高い。
論文に続き審査会が終わって、2月に学外展がある。(また詳しくアナウンスします)
"GLOBAL BEARING"と"DriftNet"を同時公開するという無謀なことを考えている。
G.B.は、昨年3月にycamで大幅にバージョンアップした後、首都圏では初公開となる。

"DriftNet"もバージョンアップしており、記録もとったので、
近々、webで公開する予定でいる。

学内の審査会など単なる審査会に過ぎず、そんなことで一区切りつけている場合ではない。

投稿者 HIRA : 00:20

2006年01月16日

+/-

足したり削ったりして、今朝はこの辺で終わり。
今日は早朝より学校へ。

投稿者 HIRA : 03:27

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17日からのインストールに向けて買い出し。
ソフトの方は、要素を足したり削ったりして様子を見ている。
ここまで来たら、どれだけ長い間作品を鑑賞(第三者として)して、
どれだけ制作にフィードバックできるかといったところ。
狙った点がどれだけ面白いか、逆に、狙ってない面白さはないか。
とにかく、作品に触れる時間を長くするほかにはノーウェイである。
とは言え、なかなか制作中の作品を客観視できるものではない。
20日が審査会だが、某業者さんのおかげで、
19日まで外注部品が届かない。。。
今年は、どうもドタバタする。

投稿者 HIRA : 00:34 | コメント (2)

2006年01月14日

現状復帰

論文が終わったので、やっと制作ができる。
とりいそぎブラウザを現状復帰した。

投稿者 HIRA : 16:29 | コメント (2)

2006年01月09日

なぜか、PowerBookのデータの一部(というかほとんど)が消えました。
論文のバックアップを昨日とったので、本当によかった。

DriftNetのブラウザの開発データが全部とびました。
ブラウザの方はバックアップとってなかった。。。
ま、また作る。。

しかしながら、久しぶりに大失敗をした。

たぶん色んなものがなくなっている。
やることが元々多かったので、もはやこれぐらいではびっくりしない。

投稿者 HIRA : 23:22 | コメント (7)

2006年01月08日

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昨日は、よいことが1つあった。

そろそろ論文を詰める。
講義系授業の課題も手を煩わせることになる。
制作をしたい。

投稿者 HIRA : 10:17

2006年01月05日

init

戻ってきた。
この帰省は、比較的長かったこともあり、多くの人に会うことができた。

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昨年同様、初詣、温泉、鍋という流れで元旦から地元の友人4人で飲んだ。
珍しい姓の友人宅で、今年もお世話になった。
高校卒業後、今でもコンスタントに連絡をとっている女性は、彼女だけだ。
毒舌の持ち主で、高校時代から数えても、褒めてもらった記憶はほとんどない。
当時は、(今考えれば幸福な)悩みで、転校まで考えるような自分を、
彼女は単に「強がり」として片付け、「人生経験の不足」を指摘し続けた。
高校卒業後、彼女の様々な話を聞くにつれ、
彼女の本意が何処にあったのか、徐々に分かるようになり今に至る。
自分が言うことではないが、当時、あれだけの苦労をしつつ、それでも飄々としていた彼女は、
今考えれば、自分よりも強がりで、実際にも強かったはずである。
そんな彼女とも知り合って8年目となり、様々な話を聞いてきた今となっては、
彼女が楽しそうにしていると、自分は、我がことの如く安心し、また単純に嬉しく思う。
そういう意味で、この元旦はよい日であった。
「06」が、彼女にとってよい年であってほしい。

同時に、世界の狭かった高校当時の自分を省みては「まだ余力がある」と漠然と思う。

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某ポイントゲッターと飲む。
はずが、駅前で色んな連中と合流して、十数人で歩き回る。
狭い町なので、この人数で歩き回れば、会う人間は誰かの知り合いである場合が多く、
立ち話は絶えないし、成人式とも重なっていたため、なかなか店に入れない。
結局、4軒をハシゴして飲み歩くこととなる。
高校時代に戻ったようであった。
途中、隣で飲んでいた新成人連中が、
中学当時の柔道部の先生の教え子であることが判明、
先生も、その弟も同席しており、分けのわからぬまま、杯をいただいて、翌日の約束をした。

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前日の約束通り、中学校の柔道部の顧問の先生と、柔道部の先輩の家に飲みに行く。
「妥協するな」という言葉は今も健在で、自分が細々と言い訳をすると、
「酒飲む暇があればできるじゃろーや」
という、ごもっともな言葉をいただき、ついでに、
「待たせとる女もおらんなら俺なら冒険するで」(注*女遊びをしろという意味ではありません)
という正に意中を突いた言葉もいただいて、またゴール地点が遠くなった。
それにしても、彼の的確な状況把握能力は健在であった。
物事を単純化して捉える方法と言い、主観の無い分析と言い、体育会とは思えない。
それでいて、あれだけ切れのよい技を持っているのだから、
素人を3年で日本一に育てたのも、今では頷ける話である。

やはり、自分の原点はここにあった。

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予想通りの三賀日が過ぎ、
若干の二日酔い(四日酔いというのか?)の胃を抱えて、
祖父母と母親、妹と、ycamに、カールステンの新作を見に行った。
Aべ・ピエール氏に挨拶しようと思いつつも、スタッフルームの暗証番号を忘れたので、
面倒になってそのまま帰宅。

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その他、中学校の同期にも偶然会い、空港で高校の柔道部の先輩二人と会った。
会うべき人にはほとんど全て会った気がする。

「06」はこんな感じで始める。
どうせ、すぐ盆が来る。
というわけで、今夜は論文を。

投稿者 HIRA : 22:57