rand()%THOUGHT;

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Oct 25, 2005 / 12:26 AM
GLOBALized

ある方のご紹介で、米国のある男性の方に会ってきた。
体格のがっしりした、けっこう強面な方だったが、
一緒にいた限り、とても人あたりのよい人で安心した。

肝心の作品の方は、"GLOBAL BEARING"と"DriftNet"を見ていただいた。
"DriftNet"が、いたくお気に入りで、
2つ総じて、SUBLIMEという、耳慣れない言葉をいただいて、
とりあえず笑顔を浮かべておいた。

顔合わせの主旨上"Pan-Pacific"や、"Pacific Rim"という言葉が多用されたのだが、
作っている方の意識はどうあれ、これを日本で作る意味や、
バックボーンとなっているアジア特有の思想はあるのか?
ということを尋ねられた。
「今答える必要はない」とのことだったが、
そんなことは考えたことが無かったので、ドキッとしてしまった。

一通り話したあと、そばを食べつつ雑談したのだが、
途中、集中力が切れて、何を話しているのか半分理解できなかった。
ブッシュをどう思うか?あたりの話は聞く権利も放棄して、
2人の話をぼさーと聞きつつ、ビールを飲んでいた。

ビールを流し込みつつ、「日本人の作品における社会性の欠如」について考えた。
特に自分は、個人的な興味の延長としてしか制作をしないため、
作品に社会性が無い。
とはいえ、前述した通り、作品を出す場によっては、そこに社会的な意味が見出される。

先日の某展覧会のレセプション後、F氏の指摘した通り、
自分の作品は、単なるインターフェースであるがゆえに、
メディアとして存在し得るのだが、そこに個人的な主張は一切無い。
それでも、そこに見る側が意味を見いだしてしまったとき、
作った側がそれに耐えられるだけの何かを持っていなくてはならない、
F氏はそう語った。

同じことが、国際的な場でも起り得る。
このタイプの作品を作り続ける限り、付きまとってくる命題であろう。

アンテナを広く張っていたい。
勉強不足。(英語も
ともあれ、考えるという意味においても、よい機会であった。
お二人に多謝。

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というわけで一段落したので、明日からはHPの日本語ページを作る。


by HIRA