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2005年10月31日
inJapanese
わざとらしい日本語になってしまったが、
"DriftNet"と、"GLOBAL BEARING"の日本語解説をアップした。
さっさとムービーもアップしたいのだが、手を付けられずにいる。
芸祭期間に入るので、やれることをまとめてやってしまいたい。
投稿者 HIRA : 17:50
2005年10月25日
枠
作品や、HPの日本語版ももちろんだが、論文の方にとりかかる。
今日は、情報デザイン特論IIという授業の枠で、
K教授の「論文というフォーマットのお話」を聞いた。
「ひな形を作って、あとは流し込めばいいが、
ひな形がフォーマットから外れていると、それだけで論外」
デザイン科としては当たり前のように聞こえるのだが、
普段、フォーマットというものが無いに等しい「インスタレーション」を制作しているため、
妙に新鮮に聞こえるのだった。
一方、4限の終わりに、研究室にいたところ、
となりの学部生の実習の授業から、断続した電子音が聞こえたあと、
K教授が、「表現への欲求を、どう維持していくか....それが...」と、語調を強くしていた。
これも美大にいる限り、当たり前のはずなのだが、妙によい響きであった。
美大生が倦怠に負けて制作を怠るとは、おかしな話である。
これからしばらく、論文と制作という両輪でやっていくことになる。
「逆に言うと、フォーマットを意識して、その枠の中の論文、外の制作、と分けて進めていくと、、、
いいのかも知れないよね。」
というK教授の声が聞こえてきそうである。
GLOBALized
ある方のご紹介で、米国のある男性の方に会ってきた。
体格のがっしりした、けっこう強面な方だったが、
一緒にいた限り、とても人あたりのよい人で安心した。
肝心の作品の方は、"GLOBAL BEARING"と"DriftNet"を見ていただいた。
"DriftNet"が、いたくお気に入りで、
2つ総じて、SUBLIMEという、耳慣れない言葉をいただいて、
とりあえず笑顔を浮かべておいた。
顔合わせの主旨上"Pan-Pacific"や、"Pacific Rim"という言葉が多用されたのだが、
作っている方の意識はどうあれ、これを日本で作る意味や、
バックボーンとなっているアジア特有の思想はあるのか?
ということを尋ねられた。
「今答える必要はない」とのことだったが、
そんなことは考えたことが無かったので、ドキッとしてしまった。
一通り話したあと、そばを食べつつ雑談したのだが、
途中、集中力が切れて、何を話しているのか半分理解できなかった。
ブッシュをどう思うか?あたりの話は聞く権利も放棄して、
2人の話をぼさーと聞きつつ、ビールを飲んでいた。
ビールを流し込みつつ、「日本人の作品における社会性の欠如」について考えた。
特に自分は、個人的な興味の延長としてしか制作をしないため、
作品に社会性が無い。
とはいえ、前述した通り、作品を出す場によっては、そこに社会的な意味が見出される。
先日の某展覧会のレセプション後、F氏の指摘した通り、
自分の作品は、単なるインターフェースであるがゆえに、
メディアとして存在し得るのだが、そこに個人的な主張は一切無い。
それでも、そこに見る側が意味を見いだしてしまったとき、
作った側がそれに耐えられるだけの何かを持っていなくてはならない、
F氏はそう語った。
同じことが、国際的な場でも起り得る。
このタイプの作品を作り続ける限り、付きまとってくる命題であろう。
アンテナを広く張っていたい。
勉強不足。(英語も
ともあれ、考えるという意味においても、よい機会であった。
お二人に多謝。
--
というわけで一段落したので、明日からはHPの日本語ページを作る。
投稿者 HIRA : 00:26
2005年10月23日
更新。
更新しました。
DriftNetの解説ほか、過去の作品も地味に更新。
映像のアップは、もう少し先になります。
ウェブログに関しては、月別のアーカイブやら、
コメントプレビューあたりがまだ更新されてません。
その他、穴がぼこぼこ空いているので気をつけてください。
手抜きを直したり、足りないところも徐々に揃えていきます。
またアナウンスします。
どうぞよろしく。
2005年10月18日
きおく
昔から自分は、飽きもせず車窓を眺め続けるタチであった。
今でも、疲れた顔を眺めるよりは、窓際に立って外を眺める。
先日、某私鉄の車内から、「xxx荘」という、平仮名の人名のついた建物を見た。
xxxという名前は、うちの科の教授の名だが、
その平仮名の羅列を見たとき、
すぐに思い出したのは、すでに疎遠となった同級生の名であった。
小学校の同級生は、30人もいないのだが、
そのすべての姓名を、今でも漢字で書くことが出来る。
おそらくは、彼らの誕生日が何月だったかも、ほとんど間違いなく思い出せるだろう。
低学年の教室には、生年月日の表が壁に貼ってあったからである。
ちなみに自分の生まれた月の欄には、自分を含め、2人の名があった。
ところで、祖父も車窓の好きな人である。
車に乗って、あちこち、ただ眺めるのが好きらしい。
たかが23年しか生きていない自分の記憶が、
ふと見かけたアパートの名前から蘇るのであれば、
彼の記憶が蘇るトリガーは、そこら辺に遍在しているのだろう。
先日、祖父に、「60年前 にっぽん」という書籍を贈った。
第二次大戦直後の日本のカラー写真を集めた本である。
懐かしく読んだ、という祖父の声を受話器越しに聞いた。
尋常ではない単位のイメージが、個人に宿る。
そしてそれが、個人の寿命と同時に消える。
そこに安堵を覚えるのは自分だけだろうか。
個人の中にある、あらゆる記憶の塊が、
そのまま宇宙に残るとすれば、これほど恐ろしいことは無いのではないか。
確実に消えるからこそ、主観という、個人のもつ偏狭なフレームを受容して、
この世に棲むのもいいのではないかと思える。
投稿者 HIRA : 18:38
2005年10月13日
thesedays
暇でもないのだが、HPを制作している。
金曜日にはアゴラで「GLOBAL BEARING」の仕込み。
部屋に対して45度という、結構めんどうな設営。
本日は、蛍光灯用の基礎、その周辺の採寸、その他。
静岡の準備と、映像のフィックス。
論文。
新作の構想。
投稿者 HIRA : 06:21
2005年10月09日
秋の夜長。
映像の編集を、やっとまともに始めた。
カットに切り分けて読み込んでから放置していた。
昨日の夕方から手を付けて、現段階で尺が120sec。
コンテよりも少し長いが、全体で160secは越えないはずである。
アニメーションの制作も、テロップ意外必要が無さそうなので、作業が早い。
起床してから、もう一度見直してから、削る予定。
日中には足りてない部分をつなげて、今晩中に完成。
どこかでエントリーしたが、プロモーションビデオの制作は、
何故こんなにテンションが上がらないのだろうか。まったく。
「シーケンシャルな上に、あまり創造的ではないから。」
と分析してみたところで、何も変わらないのでもう寝る。
秋の夜もそう長くない。
論文の参考文献も読みたいし、
そうでない本も読みかけが多いので読んでしまいたい。
HPを作り直している。
新作も作りたい。
DriftNetのブラッシュアップも。
秋の夜もあと幾夜あることか。
投稿者 HIRA : 06:15
トラスは無いのか?
「新建築」の10月号に、島根芸術文化センタ−の写真が、数ページに渡り掲載されている。
設計は、内藤廣建築設計事務所。
内装、外装のカラー写真と、巻頭論文という形で、内藤廣氏の論文も同時掲載。
外装は、見えていたのだが、初めて内装を見た。
建築写真映えする建築である。
外観は、壁面がすべて石州瓦という、一見悪趣味な感じなのだが、
中庭側からの写真は外観よりも、随分よい感じに写っていた。
ところで、このセンターのHP(http://www.grandtoit.jp/)が、いただけない。
IEでもsafariでもレイアウトが崩れる。
益田の基準にMacは無いのかも知れない。
ともあれ、センターは、島根西部には貴重な存在である。
YCAMにも県立美術館にもアクセスし辛い石見(いわみ)での、新しい展開を期待したい。
しかしながら気になるのは、収蔵品の三軸の一つに、「ファッション」が入っていること。
理由をぜひ聞いてみたい。
立地は、自分の母校である益田高校に近い。
自分の在校中に、すでに整地が始まっていた記憶がある。
センターは、昨日オープンしたはずである。
2005年10月06日
張力 ( T )
先日、審査会に出した「DriftNet」のプロモーションムービーの編集にとりかかっている。
面倒なロジックで動いているので、説明が面倒くさいし、難しい。
アニメーションを作る必要がある。
作品を作るときは、パツパツにテンションがかかるのに、
映像編集となると、どうも緩い。
完成後、webにも上げるつもり。
投稿者 HIRA : 01:42
2005年10月03日
todo
ホームカミングデイなる催しのために、アゴラ(情デ科の大教室)の採寸をしたりしている。
高さも幅もギリギリで、プロジェクタのスッペク自体もギリギリである。
おそらく、14日の午後あたりに、アゴラで頭を抱えているので、
見かけた人は助けてください。
注!)冗談ではなく、スクリーンの組み立てを手伝ってください。
論文と、DriftNetのプランのフィックス、記録映像の編集。
プロジェクターの手配もある。アゴラの図面も引く。
そして何よりも部屋に掃除機をかけたい。
細々とやることが多い。
こまめにメモリ解放したい感じである。(自分の)
2005年10月02日
緩
持て余しているわけではない時間の幾らかを、読書に割く。
論文も書く必要があるので、資料として、何冊か読むことになる。
気まぐれで、英語のものも混じっているが、読むのが間に合うのかどうか。。
それにしても、プログラミングをしない一週間は、頭を柔らかくする。
気になる文章を読み、純粋に自分の知識欲を満たすのは、非常に気分の良いものである。
こういうときは、作りたいものも、ぽつぽつと幾つか思い浮かぶ。
早く、形にしてみたいものもある。
寝る時間が惜しい。
本も読みたいし、調べたいこともあるし、作りたいものもあるし、
当然、必要に迫られて、やらざるを得ないものもある。
ともあれ、秋も濃い時間を過ごしたいものだ。
投稿者 HIRA : 22:41