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Jun 02, 2005 / 11:55 PM
特論I ReportPreFix

「結び合わせるパターン」
cf.) 『精神と自然』 G・ベイトソン

前提:進化も学習も同一の形式的規則性の下に収まる。
  :人間集団においても進化においても「ものを知る」というプロセスが同一のものである。

認識論に関する基本的概念を、「それ自体が何であるか」ではなく、「ほかのものとの関係において見る」という意味での「定義」に対して用いる試み。

→論理でも量でもない

「ほかのものとの関係において見る」ということとは、「生なき世界」と「生ある世界」を区切っている根底的概念について考察することである。

われわれが生き、われわれという存在を有するこの生物世界全体に関して、いかなる考察が可能か。また、その世界はいかにして統合されているのか。生きとし生けるものすべてを結び合わせるパターンとは?

1. 第一次の結びつき:連続的相同   →個体に現れる反復形態
2. 第二次の結びつき:系統発生的相同 →種の差を越えて認められる共通形態
3. 第一次、第二次の結びつきを有する複数の対を比較することで見えてくる第三次の結びつき →???

→『結び合わせるパターン=メタパターン
            =相互に反応し合う部分の演じる舞踏』

*物語
物語で考えるという特性
「行動(行為やしぐさとなって外界に放たれる物語)」→コンテキストと関連
内在的物語である「発生」にもコンテキスト、関連は欠かせない。
「進化」も物語である。

『コンテキスト=時間の中に存在するパターン』
表層的な意識されたレベルにあるコンテキスト≒太古的なコンテキスト
遠く隔たりながら結び合わされているプロセスを記述する際に適切かつ必要な言葉。

『情報伝達というプロセスにおけるコンテキストから意味が生まれ、カタチが決まる。』
→文法と言い換えることが出来る。

幸運にも(?)レジュメ作成と発表に当たったので、とっかかりをまとめてみた。
授業を受けながら、どうしてこの授業を学部生に対して行わないのかという疑問が湧く。
ベイトソンが本書の中で「パターン」に対して言うように、
「情報」も非常に抽象度の高いデザイン対象であり、ゆえに「情報デザイン」は、一見、空虚である。
おそらく、デザインをする全ての人は、この空虚を「視る」ために、グラフィックやプロダクトなどの
各デザイン対象に特化している。もしくは鉛筆でスケッチを起こすのも「視る」ためであろう。
それを抽象度の高いままでデザインの対象として扱おうとするのが
情報デザインのとらえどころの無さであり、強みでもあると踏んでいる。
この抽象度の高い対象に対する感覚を養うことは、難しいでろうが、不可欠なことだろう。
学部生が、早い段階でこの感覚を身につけられるカリキュラムを編成してはどうか。
ソフトウェアの使い方が、授業で扱うべき内容の全てではない。
半端にソフトの使い方を覚えてモノに落とし込むことを覚えてしまう前の段階で、
落とし込まない状態の純粋な抽象概念の扱いに慣れるべきだと感じる。


by HIRA