中高を運動部で過ごした者にとって、5月の空気というものは、
身体的な記憶と直結しているのではないだろうか。
少なくとも自分にとってはそうである。
5月は、大会前の追い込みの時期にあたる。
GWの合宿に始まり、次第に稽古は激しくなり、後半には減量もある。
柔道場の暑さが急激に上昇するのもこの頃である。
中学校の頃は、「松江の武道館はもっと暑い」と言って、
窓を閉切って稽古をしていたのを覚えている。
湿っぽい日は、熱気で窓が曇る。
高校では、汽車通学だったので、帰りの汽車の時間に合わせて急ぐことが多かった。
5月にもなると、稽古後すぐに、学生服に着替えるのは嫌なものだった。
衣替え前の学ランは、運動後に着れる代物ではない。
汗も引かないままで、グラウンドの横の、幅の広い歩道を自転車で帰路につく。
日も長く、西日を真正面に受ける。
よくわからない小さな虫が、柱のように群れて漂っていて、(蚊柱が立つと言うらしい)
よける余裕が無いほど急いでいる時には、本当に鬱陶しい。
帰って夕飯を済ませ風呂から上がると、ただベッドに倒れ込む。
うつ伏せのままの状態で、全身に残る鈍い疲労感と、
一度痛めてから、なかなか治らない右足首の痛みを同時に感じる。
何百か何千か知らないが、蛙の鳴き声がしている。
疲労感の中で今日の自分の出来を振り返っている間に、いつの間にか眠りに就く。
それが、5月の消耗感、もしくは充足感だった。
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制作をしていても、部活をしていた頃のような消耗感は無い。
それが良いのか悪いのかは分からない。
ただ、「熱中している」という感覚だけが、
自分を納得させているような気がしている。
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珍しく、まったく関係ない話をしてしまった。
毎年、5、6月はそんな記憶がふと戻ってくることが多い。
また何か戻ってきたら、忘れないうちにここに書いておきたい気がする。
by HIRA