先日の、

「親の顔見んとねぇ、、」という地元の者の言葉のままに、
母を連れて、 あちこち散歩した。
城山から、畳ヶ浦、海浜公園。
浜田の城山公園には、司馬遼太郎氏の『浜田城』という碑文の彫られた、
「浜田藩追懐の碑」という碑がある。
島根県は、出雲と石見に分かれる。
何かと有名なのは出雲で、石見はあまり知られていないのだが、
この碑文には、的確に石見を言い表した行がある。
美化し過ぎている気がしなくもないが、以下、紹介したいと思う。

石見國は、山多く、岩骨が海にちらばり、岩根に白波がたぎっている。
 石見人は、よく自然に耐え、頼るべきは、おのれの剛穀と質朴と、
たがいに対する信のみという暮らしをつづけてきた。
 石見人は誇りたかく、その誇るべき根拠は、ただ石見人であることなのである。
 東に水田のゆたかな出雲があり、南に商人の貨財がゆきかう山陽道があり、
西方には長門・周防があって、古来策謀がそだち、大勢力の成立する地だった。
 石見はそれらにかこまれ、ある者は山を耕し、ある者は砂鉄や銀を採り、
ある者は荒海に漕ぎ出して漁をして、いつの世も倦むことがなかった。


by HIRA