春の夜の夢

研究室で、次作のフィックスをしているとき、
三上さんが、昨夜の夢の話をしていた。
図まで書いてあって、見せていただいた。
「巨大な立方体の集合体のようなものが組変わったり増殖したりする作品の夢」で、
バックヤードでは巨大な鉱石が一連のプロセスを管理し、動力を供給しているという、
とんでもないものだったらしい。

自分には、幼い頃から持ち続けているイメージがある。
「夢」の話をしながら、「イメージ」という言葉を使うのには理由がある。
自分は、そのイメージを繰り返し夢で見ている気がしているのだが、
「いつ見ました。」というような具体的な記憶は無い。
が、寝入り際に、ふと頭の中に浮かぶことがあるし、
思い出そうと思えばいつでもそのイメージを引き出すことが出来る。
ただ、いつどこで出来上がったイメージなのか分からない。


真闇に近いノイジーな視界に、幾何学形態が静かに浮かんでいる。
平面ではなく確かに奥行きのある立体だ。
もしかすると正八面体かも知れない。
ゆっくりと回転しているが、どの方向に回転しているか分からない。
大きさも分からない。
が、回転するたびに、大きさが激変し続けていることは分かる。
大きさが変わっているというより、角度によって、見え方が変わっているだけかも知れない。
それも尋常ではない変わり方で、見たところ、原子レベルから銀河レベルまでぐらいだろうか。
せわしなく変わる。
頭が点になって消えてしまいそうな圧迫感がある。
そして同時に、小さくなってゆく頭に対する寝室の巨大さを感じて取留めも無く怖い。
もしくは、自分の意識だけが極小になり、意識に対する身体のスケールが巨大すぎる感覚。


もしかすると、その圧迫感や恐怖が漠然としてあり、
それにイメージが付随して思い出されるだけなのかも知れないとも思う。

脳科学的には、脳は、夢と現実の区別を出来ていないという。
つまり、夢での体験や、それに伴う記憶は、脳の働きとしては現実と同等だということになる。
すると、誰もが持つ、「あれは夢かも知れない」という記憶に対しても納得がいく。
そして、今さらそれを確かめる術は無い。

「リアル」とは何だろうか。
我々が、主観的に感じる「リアル」は、とんでもなく頼りないもののようだ。


by HIRA