光陰矢の如し
明日は卒業式らしい。
今日、実家からスーツが届いたのだが、靴が無い。。
安全靴を磨いて代用することにした。
GBの制作費を稼ぎだした安全靴。
ちょうど一年前は、「メット+安全靴+安全帯」で建築現場にいた。
しかしながら、振り返る隙を与えられなかったことに加え、
進学を選んだため、卒業の実感が無い。
それでも、昨日のsecoBarに集まった連中が、ガヤガヤと騒いでいるのを眺めていると、
色々なことを考えずにはいられないということも確かだ。
コンピュータの知識がほぼゼロで入学してから、
音を出せる連中と徒党を組んで、ライブやら何やらやりながら、
自分が出来ることを探してきたし、これでもかというほど遊んできた。
そうやって、勝手に前進し続ける時間の中で、明日という日は、一つの区切りとしてあるらしい。
「放っておいても明日になるから、今日出来ることだけを今日する」
それは一つの正論だろう。
挙げれば切りがないほどの記憶無くしては、自分は存在し得ない。
それも一つの正論だろう。
出会った人たちも然り。
科・スタジオを問わず、尊敬に値する人たちがいる。
彼らと同じ時代に、モノを作ることが出来るということに、よろこびを感じる。
通過点でしかない。
この4年間は、明日という日に収束してしまう、もしくは集約できてしまうものでは無い。
明日という日が、尊敬する人たちにとっても、自分にとっても、
形の上の区切りでしかないことを願っている。
by HIRA