@デュシャン展
首を絞めることを分かっていながら、
このタイミングで横浜まで足を伸ばしてきた。
まったく、あれほど消化不良な展覧会もない。
元来、美術史に詳しい方ではないので何を見るべきなのか路頭に迷った。
情けないことに、結局、彼の個々の作品に対して、
何らかの意味を見出すことはなかった。
(*もちろん、好きなもの、意図が感じられるものもあった。
が、あれだけの無意味の集合体を見せられると、何か考える節もあった。
「美術館と呼ばれるフレームの存在を意識させたということ」
「彼以降、現代美術は、必然的に彼が拡げたフィールドを含むことになったということ」
「彼の延長線上≠彼の行為のトレース」
自分の目には以上の点が際立った。
よって、レディメイド以降の彼の作品に意味を見出すのは自分にとって重要ではなかった。
便器に意味を見出そうと必死に覗き込んでいるカップルの向こうに、
「してやったり」と薄ら笑いを浮かべるデュシャンが見えそうだった。
美術館の自己定義が、現代においても成り立っているという点については、
美術館側の意図なのか、公立ならでは堅さが結果的にそうさせているのか?
もしくは、彼の作品自体の力なのか?
と疑問に思った。
また、この展示に特化して言うならば、
展示形態が時間軸に忠実だったことからして、個々に没入して見るのではなく、
一歩引いた目で眺めるのが適切なのではないかと思った。
しかしながら、ものを作る側としては何とも勇気づけられる展覧会だったと思う。
by HIRA