卒業制作審査会

卒業制作をはじめとする、
学生の作品の評価基準というのは、
一体、どこにあるべきなのだろうか。

情報芸術コースの教授陣は、それぞれが専門分野に特化しているため、
講評のレベル、もしくは評価基準が揃わないと感じる。
作品の「力」は方向性を抜きにした絶対値で評価されるべきではないだろうか。
「力」を持った作品も、それぞれの教授が持つ軸に対する、
ベクトル成分に分解されて評価されると、その絶対値を失う。
ベクトルとは方向と長さを持ったものだ。
純粋にその長さを評価する必要があると感じた。

逆に言うと、情報芸術コースの学生が目指す全ての領域を、
現在の人数の教授でカバーするのは難題である。
しかし、情報芸術コースの面白さ、もしくは魅力は、
この無理難題に取り組んでいる点にあるとも言える。
「教授の軸に合わない学生が、何をしても許される。」
この自由度と、講評のレベルの平均化は両立しない気もするが、
そこにこの科の可能性がある気がしてしまう。
港先生が言うように、この科は
「型にはめることを30年間やり続けている科」
とは明らかに異なるヴィジョンを持っている。

情報デザイン学科、および情報芸術コースには、
是非、この無茶を続けていただきたい。
「無茶」の結果は気にするものではない。


by HIRA