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2005年01月31日

赤レンガ用ソフト

g5.jpg
ここのところ、学校のG5を借りて作業している。
なんと言っても6Aも食うので、エアコン、こたつ、G5、PowerBookを一緒に動かすと
ブレーカーが落ちる。結論、家が悪い。
悩んだあげく、コタツをつけることにしたが、指が動かず犠牲は大きい。
1ループで1,300,000回の計算をさせるプログラムを走らせることになるが、息が白いほどの気温。
マシンには非常に優しい環境。

赤レンガ用仮想磁場発生ソフト「field Analyzer」。
基本システムが完成。
ディレクター側で各作品に対する3個のパラメータのリストを作り、
ディレクターのオペレーション画面で作品を選ぶ事で
それらが呼び出され、フェーダーに反映される。
ユーザはフェーダーを動かして作品を絶対座標上で評価し、
画面上の送信ボタンを押して、Xcode側にターゲット作品に対応するリスト一対を送信する。
Xcodeでは作品の通しナンバーとパラメータを受け取る。

疲れた。
計算外だったのはディレクターのシリアル通信でNULが送れない事。
つまり、、数字のゼロがasciiコードではNULになるため、
最上桁がゼロになった場合を条件分けする必要があった。
かなり強引な手で解決した。

あとは描画の方をopenGLで組むことがメインの作業。
Xcode上で創る仮想磁場の発生源は、各作品になる。
つまり、各作品が磁石であり、会場全体がダイナミックな磁場に包まれているという想定。
ユーザは自分の主観で作品の傾向を評価することで、仮想磁場に干渉できる。
オペレーション画面のデザインもある。

今日は、10時から学校で封筒詰め作業と代表者会議がある。
あと3時間弱。
Xcodeの描画に反映するところまでやれば、イイ時間になるはずだ。
学校に行くまでに、磁石、つまり作品の座標を動かせるところまでやれるといい。
2月後半にはG5が写真美に行くので、それまでに終わらせる予定でいる。

投稿者 HIRA : 06:21

2005年01月30日

bilingual

finished to update the page of "GLOBAL BEARING to the bilingual.
and the QTmovie of "GB" is on Line in the page ,"real installation".
movie file is heavy a little. only for a information before Exhibition.
You can experience real one in J.M.A.F. (25th , Feb〜)


意外と外人さんも見ていることが発覚したので、英語訳つけました。
語彙が少ないので言い回しがクドいですが、ご愛嬌という事で。
誰か校正して下さい。
あと、"real installation"のページでムービーを公開してみました。
若干重たいですが、参考までに。

投稿者 HIRA : 06:29

2005年01月28日

ワイヤーフレームと小説

先日、時間を見つけて小説を読んだ。
赤川次郎『鼠、江戸を走る』
鼠小僧の話が何編か収まっている。泥棒の話だ。

読み終えて気付いたのだが、
不思議なことに、主人公である鼠小僧と、その妹の
視覚的な描写がほとんどなされていない。
顔、表情の描写も無ければ、容姿の描写も無い。
特筆するベきは、それでいて読者の頭の中に、
鼠小僧像が出来上がる事である。
これは小説というメディアの特性ではないだろうか。
視覚的イメージを直接的ではなく構築することができる。
小説を映画化した時に失敗するのは、
この、小説の特性を理解し切れていない場合が多いのではないだろうか。
司馬遼太郎『梟の城』などもそうだろう。
甲賀・伊賀忍者の人間離れした術を、無理矢理映像化したところで、
読者が構築していた忍者像を、現実に着地させてしまうだけである。
原著が持つ独特の不気味な魅力は、映像では再現し切れていない。

話が飛ぶが、小説の持つ「視覚的イメージを視覚情報無しで構築できる」という特性は、
つまり、想像力を喚起することができるということではないか。
その点は、自分がワイヤーフレームでプリミティウ゛な形態を用いる理由と重複している。
描き過ぎない事。
観覧者がその先に喚起するイメージについて枠を設けてしまう事は、
表現としてあまり良い事だとは思っていない。
「アートは見る側に在る」とよく言われる。

観覧者に投げっ放しにして問題の起きないほどの強度のある作品を創りたいものである。

投稿者 HIRA : 23:01 | コメント (3)

2005年01月26日

湘南と山陰

少し疲れている。
電話した地元の友人にも指摘されるとは、なかなか末期だ。

22:00頃、あきちゃん(片山)が諸用を済ませにきた。
明日の晩から@カウアイらしく、羨ましい限りである。
3月には国籍不明になって帰ってくることだろう。
それにしても、湘南の人たちが持っている楽観には、感心する他ない。
恵崎にしても毛利さんにしても、感心するほど楽観的だ。
それに対して、うちの地元の者はどうも暗いというか、陰があるというか、
独特な湿気を持っている。
だが、それは決して、地味な性格と直結するものではない。
ただ、「底抜けに」という形容動詞が使えないと言えばいいのだろうか、
感情がぱっとしない(?)気がする。

梅雨は晴れ間はほとんどなくて、道路が乾く間もない。
夏は夏で蒸し暑く、熱低に変わる前に台風が上陸し、
ダムが出来る前はよく水害が起きた。
冬には、日本海面を撫でた空気が、低く雪雲となり、平野部に垂れ込める。
その雲が、中国山地にぶつかり山間に雪を降らす。

そんな土地柄が、人格形成に影響を与えないわけが無い。
というのが、地元を離れて得た一つの結論である。
正解かどうかは置いておいたとしても、
事実、大輔にせよ、優樹にせよ、道下にせよ、スミにせよ、
地元の者同士で「ありがとう」と言うことはまず無い。
感情をあまりに表に出す事を好しとしない。
無作法と言えばそれまでだが、それは「暗黙の了解」であり、
むしろ、「ありがとう」と言わなくてはならない関係が面倒なのである。
上京したばかりの頃は「ありがとう」と言う局面に出くわすたびに
きまり悪い思いをしたものだ。

地元からの電話に、つい考え込んでしまった。

投稿者 HIRA : 02:02 | コメント (2)

2005年01月25日

近況

赤レンガのDMの校正やら、GBの改良、赤レンガ用ソフトの開発やらで
寝たり寝なかったりが続いている。
その合間を縫って展覧会を見たりしている。

--「アート・ミーツ・メディア:知覚の冒険」@icc
個人的にはラファエルの作品が好きだった。
もう一度ゆっくり見れる時に行こうと思う。

--「Project the Projectors 04-05」@旧坂本小学校
色々な人に会った。
相変わらずこの業界(?)は狭い。
作品の方はプロジェクト形態のものが多かった気がする。
アーカイブを上手く作るのも大切。
KOMAINUさんの低反発素材にもっていかれた。
あれだけの素材でも感じられる非日常感に結構な衝撃を受けた。

--「飛躍する点」@千川小学校
多摩美のメディア芸術クラスの二三年生の学外展。
ディティールが気に障らないぐらいまで詰めてきている作品も多くて、
見せ方として完成に近いものが多かったと思う。
先端の修了展を見た後なせいか、
学外だったせいか、このクラスのクセみたいなものを感じた。

--
あと森とデュシャンには行くつもりでいる。
ドカンの方も進めていくので忙しくなる。

投稿者 HIRA : 02:07

2005年01月22日

手直し

GBのデバイスを改良している。
問題点はシャフトの触り心地。
アクリルで25mmは三上さんが言うように、確かに鈍い感じになる。
何回目かの展示でベストの径を見つけられるといい。
一昨日は、シャフトと錘を選び、昨日は加工。
二月には学校が閉鎖になるので、それまでに最低限済ませられることは済ませておく。

投稿者 HIRA : 00:45

2005年01月19日

GB2

「GLOBAL BEARING」の第二案。
実際は、ver.1の形態をほぼ全く踏襲しない。
正確には「GB」の従兄弟みたいな構想。
まだ全くの構想段階なのだが、面白くなりそうな気がする。
GBはver.1で完結するので(?)違う名前になるのだろう。
「GB」展示+「connective circuit」+卒制展用ソフト(field Analyzer)のビルド。
それに加えて進めるのは無理なので寝かせることにする。
「Deep Sky .prj」も寝ているわけで、
GB2ともども、手を付ける日が楽しみである。

--
・真鍮旋盤加工
・ベアリング設計、発注
・cc Fix
・fAデータ回収

投稿者 HIRA : 21:57

GB

卒業研究制作の最終ドキュメンテーションの提出に伴い、
「GLOBAL BEARING」のページをリニューアルしてみた。

投稿者 HIRA : 00:25

2005年01月18日

@ART iT

ARTiT発行されました。
ARTiTサイドのお心遣いから(というか自分が無名だから)、無名の自分の基本情報が、
一通り、読者さんに伝わる内容のインタビューになっています。
ともあれ、ラブホを越えた(興味のある人は巻頭を)と評価していただいたことはありがたいこと。
自分のインタヴューはともかく、他の記事はかなり読み応えがあると思います。
特にst.5の人にとっては、記念に一冊持っていて損は無いほど身近な記事、多いです。
目を通してない人はぜひ。

お声をかけていただいた小崎さん、
何とか言葉を引き出していただいた畠中さん、
また編集その他諸々お世話になった内田さん、
あと写真を撮ってくれたオバラくんにお礼を。
ありがとうございました。

投稿者 HIRA : 00:39

2005年01月17日

インスタレーション

空間設計だけで出来ることだけでも、まだまだある。
ソフト開発だけで出来ることもまだまだある。
それでも、インスタレーションに落とし込みたい理由は何なのだろうか?
もしくは、落とし込むメリットは何だろうか?

今まで、自分は「実空間とバーチャル空間のシンクロ」
という点に空間へのインストールの必然性を見出してきた。
完全にヴァーチャルな空間に対して没入できない性分の自分にとって、
ヴァーチャル空間が実空間とシンクロもしくはリンクする事は、
制作する上で、身体的知覚に密着する手段であり、
リアリティや臨場感、気配と言ったものを再現する一つの手段である。
別の言い方をすると、インタラクションの規模を拡大する手段であるとも言える。

空間丸ごとを作り込みたいという願望が、いつからか在る。
生物と環境の間にあるインタラクティヴな関係は、
あくまでも、個体が持ち得る五感の感度内にとどまる。
つまり、個人が捉えている世界は、解剖学的に異なっていると言える。

ここで話を戻すと、、、
コンピュータが、ディスプレイやヘッドフォンの中だけで展開していたソリッドな仮想空間は、
インスタレーションとして実空間に展開することで、可知覚範囲に個人差が現れる程度まで、
その解像度を落とし、実空間のノイズを取り込む。
その結果として、ヴァーチャル空間は、
実空間が持つ本来のインタラクティヴィティを持ち得るのではないか。

そんなことを考えている。

投稿者 HIRA : 23:35

top更新

いつの間にか正月気分も抜け切ったところで、
カタログデータ作成のついでにトップ画像を更新した。
撮影はいつも通りオバラ氏。
相変わらず「使える写真」を撮ってくれます。
デュアル版G.B.は初公開になるのか?
ぜひ本物を見て下さい。
まずはメディア芸術祭。2/24から写真美で公開です。

投稿者 HIRA : 00:56

2005年01月16日

@ポスプロ

カタログのデータ作成や、DVD用の映像編集、卒制の最終ドキュメントを制作している。
この一年、自分の制作を軸にしてきた分、事務作業がひどく面倒に感じられる。
モノを作る時、自分の興味をどこまで掘り下げられるかというのは重要なことだ。
だが、それに慣れ過ぎるのも問題があるようだ。
自分が作りたいものしか作らなかったツケが廻ってきた感じだ。
とは言え、ポストプロダクションも自己責任なので、手を抜くと良いことは無い。

赤レンガも大詰めである。
明日はミーティング。

「GLOBAL BEARING」の展示の準備もそろそろ。
「connective circuit」の制作も進めるべき時期に来ている。

投稿者 HIRA : 21:25

2005年01月13日

卒業制作審査会

卒業制作をはじめとする、
学生の作品の評価基準というのは、
一体、どこにあるべきなのだろうか。

情報芸術コースの教授陣は、それぞれが専門分野に特化しているため、
講評のレベル、もしくは評価基準が揃わないと感じる。
作品の「力」は方向性を抜きにした絶対値で評価されるべきではないだろうか。
「力」を持った作品も、それぞれの教授が持つ軸に対する、
ベクトル成分に分解されて評価されると、その絶対値を失う。
ベクトルとは方向と長さを持ったものだ。
純粋にその長さを評価する必要があると感じた。

逆に言うと、情報芸術コースの学生が目指す全ての領域を、
現在の人数の教授でカバーするのは難題である。
しかし、情報芸術コースの面白さ、もしくは魅力は、
この無理難題に取り組んでいる点にあるとも言える。
「教授の軸に合わない学生が、何をしても許される。」
この自由度と、講評のレベルの平均化は両立しない気もするが、
そこにこの科の可能性がある気がしてしまう。
港先生が言うように、この科は
「型にはめることを30年間やり続けている科」
とは明らかに異なるヴィジョンを持っている。

情報デザイン学科、および情報芸術コースには、
是非、この無茶を続けていただきたい。
「無茶」の結果は気にするものではない。

投稿者 HIRA : 23:15

2005年01月07日

設営三日目+

おおよその外観は出来上がっている。
ソフトは音も映像も問題ない。
明日、デバイスを設置して完成予定。
あとはプロジェクションのズレだけに気をつかえばいい。

--
正月なのでこんな話も解禁してみる。

地元で感じる開放感や安らぎは、一体何なのだろうか。
上京して自分が得たものを全て失っても、(仮定の話です)
自分が帰る場所があるということは、喜ぶべきことだ。
しかし、それは諸刃の剣でもある。
ここでのモチベーションをキープするには、
自分の帰る先をあてにするわけにはいかないのも、また事実だ。
不思議な矛盾。

帰省するたびに色々なことを考える。
地元の友人とツルんで、
家業を継ぎ、
親や祖父母のそばで早く結婚して、
田舎で子供を育てつつ、
先輩や恩師とたまに酒を飲む。
それもいいと思う。

それをせずに自分がここにいる事に価値があるのか。
それと同等の何かを得られるのか。
はっきり言って何も言い切れない、と最近よく思う。

個人的価値観に基づいて一般的善悪を判断する事ほどくだらないことはない。

幼い頃、親父に、「お前明日死んでもええか?」
とよくでもないが、聞かれた。
どうやらその心は、「いつ死んでもいいように毎日を使い切れ」
と言うことらしい。
初めて『竜馬がゆく(司馬遼太郎)』を読んだ時、
ほぼ同意義の言葉を見つけて、驚いたことを覚えている。
うちの親父が、本を読むほどの時間を持ち合わせているとは思えないので、
受け売りではないことは言い切れる。
手元に原著がないため、確認できないが、
「倒れるときは明日の方向を向いて倒れろ」
そんな意味であったように記憶している。

そういう訳で(?)、懲りずに今年も上京してきた。
結局、自分が何を見据えているのかという点にしか、基準は存在しない。

一般論で個人を語ることほどくだらないことはない。

当然ながら、焦点を定めれば、他の点では像は結ばないものだ。
そこら辺の覚悟は必要なのかも知れない。

とりとめないことに加え、明日も朝が早い。
さらに体調を考えてこの辺りで終わる。
05も残り356日となったが、また書く機会があれば。

投稿者 HIRA : 22:09

2005年01月06日

設営

設営二日目。
フロアの円形カットと、スクリーンの吊りは終わっている。
明日、プロジェクションの調整をする。
デバイスの設置も明日。
明日にはほぼ全貌が見える。
試しにプロジェクションした感じだと、
調整次第では、かなり良くなる。
アール付きデュアルスクリーンは正解。
--
昨日の午後から体調を崩し、夜半にかけて発熱。
うちには幸か不幸か体温計が無い。
一年ぶりに風邪らしい風邪をひいた。
今日はほぼ全快しているものの本調子ではない。
年末から年明けにかけて無理をして遊び過ぎただろうか。
それとも、久々の帰省で気を抜いたのだろうか。
しかしながら丈夫な体で良かった思う。
親に感謝。

投稿者 HIRA : 22:53

2005年01月04日

05

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投稿者 HIRA : 23:19