モニタ上のインスタレーション ≒ 机上の空論
"GLOBAL BEARING"のデモ用DVDの制作に向け、記録映像を編集している。
Premiereの調子が悪い理由は、AppleTalkだった。
そんな理由で作業効率を落としたくない。
デジスタの収録の時にも考えたことだが、インスタレーションの記録は非常に難しい。
インスタレーション空間に充満する空気は特別なものだ。
無数のデータが、空気中で、知覚可能/知覚不可能の境界を彷徨い、空間を埋め尽くす。
体験者は、自らの身体が持ち得る全てをインターフェイスにして、その空間とインタラクションする。
インスタレーションという、緻密に計算して創り上げられた高密度の知覚空間が持つ「超感覚的な空気感」は、4:3のフレームで切り抜かれ、ステレオマイクで録音される過程で、その深みの大半を失う。
それは、既存のアスペクト比とステレオで再現できるものではない。
インスタレーション空間においては「体験者の体験」が最優先であるが、記録メディアにおいて優先されるのはモニタ映えだ。
現在のメディアアート系のコンペの審査基準は、どうも記録映像に偏り過ぎている。
すべての作品をインストールする訳にはいかないのでno wayではあるが、思うに、磁気テープに残らない高解像度の知覚要素を持った作品が、評価されずに埋もれている可能性は高い。
体験して深みのある空間を創りたい。
鼻腔や、靴のソール越しの足の裏にまで届くような体験を創りたい。
子供の頃に、故郷の海や山と対峙した時のような密度のある瞬間をインストールできればと思う。
by HIRA