2004年10月31日
「時間」
テレビから垂れ流しのPVを横目に考える。
映像を作るときの「時間」と、プログラムを書くときの「時間」は違う。
映像ではシーケンス、プログラムはループをベースに「時間」を考える。
おそらく様々なメディアが、それぞれの時間や空間の概念を持っている。
メディアの特性を活かすには、それに気づいていくことが大切だろう。
投稿者 HIRA : 20:42
2004年10月30日
(鍋+芸祭初日)/2
友だちと、鍋を囲み、飲みながら朝まで話す。
話が紆余曲折して面白い。
政治や環境問題と、自分たちの制作を並列して話す。
その強引さが面白い。
友人の言う通り「話すことで、自分の思考が整理される」
それは書くことと似ている。
違うのは、話すことには偶然性と相乗効果があるという点。
おかげで頭が耕されて、よい一晩だった。
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上京後、3年間連続で多摩美の芸祭に遊びにきてくれている地元の友人がいる。
高校時代を知る人間と今もつながっていることは、ささやかな喜びである。
芸祭初日は雨。
足下の悪い中はるばる足を運んでくれたことに感謝。
投稿者 HIRA : 23:09
2004年10月28日
設計
卒業制作のインターフェース、床を設計している。
設計をするときにどこから手をつけるべきか?
というのは難しい問題だ。
最低限必要な機能やサイズ、ヴィジュアルをクリアすることは当然なのだが、
実際に作るとなると、既製品のものをどこまで取り入れられるか?
といった柔軟性も重要になる。
小ロットで企業に発注すれば、当然値が張るし、
自分で加工すると、一定以上のクオリティは保証できなくなる。
安く抑えるために、既製品の寸法に、設計を合わせなくてはならない場合も多い。
個人で制作するネックである。
しかし、それだけに、完成した時の感動は大きい。
実現することに意味がある。
投稿者 HIRA : 21:47
2004年10月27日
赤レンガ/ドカン
ドカンの実験をした。
結果は微妙。
案を練り直すことになる。
組み替わる空間 ー ルービックキューブ ー ドカン
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赤レンガのコラボレーション係を担当している。
いくつか、面白そうなこと(もの)を考えている。
デザインとアートが有機的かつ複雑に絡み合う・・という非常に難しいテーマを与えられている。
だが、そこに今回のアートディレクションの鍵となる「磁界」を含めることで、幾分扱いやすくなる。
面白くなるとよいが。
デザインコースの作品が、走らせる段階まで出来上がるのかどうか
ということが分からないため、手を焼いてる。
壁が多い。
自分のことで手一杯になるのもよいが、実は、他の軸を持った方がテンションをキープできるのかも知れない。
投稿者 HIRA : 21:03
美大の外
学外の同年代の人間と接点があることはいいことだ。
和光大学からつながっていった知人たちは色んな意味で面白い。
グラフィックから立体、音楽まで何でも揃う。
その気になれば何でも出来る勢いがある。
ここらへんでツルんでいる連中は、フィールドは違えど、
ある一定の価値観を持っていると、会うたびに思う。
おそらく、グラフィック、立体、音楽といった表現手段ではなく、
もっと根本的な部分が似ているのだろう。
そういう場は、ある意味、同じフィールドでツルむのよりも刺激的だ。
楽しいだけでなく、インスピレーションが湧くし、
なにより、何が面白くて何がつまらないのかという基準のバランス感覚がいい。
12月に何か出来るといい。
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・コラボ係
・ドカン実験
・GBスケジュールたてる
投稿者 HIRA : 04:40
2004年10月25日
記録をまとめて
必要に迫られて、卒業制作の制作プロセスを冊子にした。
写真入りでA4で10ページに及んだ。
一番最初のアイディアスケッチが2003年の12月2日であった。
「version 1.0」 の完成までに一年以上かかることになる。
長くかかったものだ。
自分が一度辿ったプロセスを、自分で最初から辿り直すと色々な発見がある。
どの作業が上手くいって、どの作業の効率が悪かったのか・・。
構想、に始まり、テキストのフィックス、ウェブ制作、設計、図面起こし、プログラミング、
金属加工、塗装、裁縫、設営/制作。
自分が何屋なのか分からなくなるほどの行程を踏んでいる。
しかし、制作中、テンションをキープしたり、
手と頭のバランスをとったりするためには、
このすべての行程を自分でこなす方が性に合っていると思う。
そしてそのスタンスはこれからも変わらないのだろうと思う。
2004年10月22日
「山下秀之」氏講義
長岡造形大学環境デザイン学科の助教授であり、建築家である山下氏。
学生と一体となった様々な研究は、どれもハイクオリティだ。
氏は、山育ちの学生の気質と設計の関係の強さを指摘していた。
「田舎で都会の建築設計はできない、田舎は田舎の感性で創る」的な話が出たが、
出てきているモノを見るだけで、ただの自然回帰だけでないものを感じられる。
有機的なフォルム、そして機能。
環境デザインあるいは社会にとって今後重要になるであろうファクターを含んでいる。
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もともとカオス、複雑系などの話は好きだ。
自分の作品中に取り入れたこともあった。
だが、実施設計まではいかないにせよ「建築」という「実用物」の中に、
その終点を求めるスタンスで制作されたモノに対して、「アート」と呼ばれるモノには無い、
ある種の「強さ」を感じたことは確かだ。
一方で、山下氏と学生の作品をまとめた出版物の中で、山下氏は、これらの作品群を
「極めて現代アートとしての視座も持つ」としている。
「ボーダーレス」と、スタ5の教授陣の声が聞こえてきそうだ。
世の中は、まだまだ面白くなる。
投稿者 HIRA : 21:32
2004年10月21日
颶風23
topページ用に久しぶりにDIRECORを使う。
バグがあってもコンパイルできてしまうのは良いのか悪いのか、、。
おかげで戸惑う。
X-codeの開発環境に慣れたせいか?
簡単に上っ面のビジュアルをいじれるのはやはり既成ソフトの便利な点。
「Mouse Interaction」これから順次アップする予定。
投稿者 HIRA : 04:45
2004年10月19日
メモ
・コラボレーション用名簿
・スカウト
・ドカン実験
・(web/ソース/著作権)リサーチ
・床設計(蛍光灯サイズリサーチ、サイズ決定、予算出し、構造設計)
・インターフェース設計(自立構造設計、シャフト径決定、ベアリング注文)
・スクリーン設計
ーーーーーーーーー
・映像編集終わった
・模型作った
・こたつ出した
・デジカメを修理に出した
2004年10月18日
卒制ヴァージョンアップ
ドカンを気にしつつ、卒制のヴァージョンアップを考える。
実は時間がない。
プランを立てる段階では、とりあえず思考を可能な限り高くトバす方がいい。
そこから、スマートに着地(実現)できる場所を選ぶ方が、結果として遠くまで行ける。
手遅れになる前にトバしておく。
・上げ底/照明仕込む。
→まず設計。素材の切り出しは、業者を当たるか?
・インターフェースの自立、堅牢化、外観美化。
→まず設計。金属加工業者探す。
・音響ブラッシュアップ
→音源制作とインタラクションデザイン
・ズームのインタラクションをブラッシュアップ
→現段階のインターフェースを使ってデバッグ
・広視野の確保
→ソフト/研究室にグラフィックカード積んだG5が入るのを待ってプログラミング開始。
→ハード/人間工学系の文献を当たってスクリーンの高さなどを変更か?
投稿者 HIRA : 03:38
2004年10月17日
秋
作業を中断して夜食を買いにいく。
放射冷却で冷えきった道路、その上を覆う空気が冷たい。
地元の秋をもうずいぶん見ていない。4年目になる。
地元でこの空気が漂う季節は、風物詩が多い。
秋祭。
夕方になると地元の社中が石見神楽を舞い始める。
友人の父親も鬼や神になる。
黒塚、塵輪、八幡、大蛇、恵比須、熊襲、道がえし、、。
子供は皆、神楽が好きだ。
夜には漁業権のある者は鮎掛けに出かける。
真暗な中州で、川の流れる音と、父の投げる鉛の着水音に耳をこらしたのを覚えている。
柿や栗が、祖母の畑で穫れる。
熟れ過ぎた柿は、持ち帰れないのでその場で食べる。
木の上で食べたのも4年前が最後ということになる。
「柿の木ゃぁかぁ折れるけぇあんまで高ぉ登りんさんなよ」
と祖母はよく言う。
母が仕事から帰ると、階下から3秒点火のストーブの音がするようになる。
朝練のウォームアップが丁寧になる。
落ち鮎シーズンにはそれを狙って遡上するスズキを釣りに行く。
中間試験期間と落ち鮎シーズンは重なる。
部活もなくなり、毎日のように河口に通う。
ここ4年間、当然、自己記録も78cmから更新されていない。
魚が釣れる日は何となく分かる。
朝、玄関を出ると、雲が低く、海鳴りが聞こえれば、脈アリ。
残りは帰省の新幹線の暇つぶしにとっておく。
こんなことを書きたくなるあたりが秋だ。
この時間、そろそろ親父が仕事に出る。
息子も息子の仕事に戻るとする。
投稿者 HIRA : 02:31
2004年10月16日
赤レンガ下見
卒展の会場となる、「横浜赤レンガ倉庫」の下見に行った。
趣のある建物ではあるが、それが展示の際に仇とならなければよい。
ゾーニングの善し悪しの鍵となるのは、照明と、動線に対する高さのバランスだろう。
投稿者 HIRA : 21:38
2004年10月15日
モニタ上のインスタレーション ≒ 机上の空論
"GLOBAL BEARING"のデモ用DVDの制作に向け、記録映像を編集している。
Premiereの調子が悪い理由は、AppleTalkだった。
そんな理由で作業効率を落としたくない。
デジスタの収録の時にも考えたことだが、インスタレーションの記録は非常に難しい。
インスタレーション空間に充満する空気は特別なものだ。
無数のデータが、空気中で、知覚可能/知覚不可能の境界を彷徨い、空間を埋め尽くす。
体験者は、自らの身体が持ち得る全てをインターフェイスにして、その空間とインタラクションする。
インスタレーションという、緻密に計算して創り上げられた高密度の知覚空間が持つ「超感覚的な空気感」は、4:3のフレームで切り抜かれ、ステレオマイクで録音される過程で、その深みの大半を失う。
それは、既存のアスペクト比とステレオで再現できるものではない。
インスタレーション空間においては「体験者の体験」が最優先であるが、記録メディアにおいて優先されるのはモニタ映えだ。
現在のメディアアート系のコンペの審査基準は、どうも記録映像に偏り過ぎている。
すべての作品をインストールする訳にはいかないのでno wayではあるが、思うに、磁気テープに残らない高解像度の知覚要素を持った作品が、評価されずに埋もれている可能性は高い。
体験して深みのある空間を創りたい。
鼻腔や、靴のソール越しの足の裏にまで届くような体験を創りたい。
子供の頃に、故郷の海や山と対峙した時のような密度のある瞬間をインストールできればと思う。
投稿者 HIRA : 04:10
2004年10月14日
セレクタ分解
ドカン用にAVセレクタを分解してみた。
コンポジットの信号を切り替えるだけなのに何故こんなに複雑なのか不明。
S-videoが面倒なのか?
ドカン用には、改造するよりも1から作る方がいい気がする。
投稿者 HIRA : 21:34
2004年10月13日
メモ
・ドカン実験、金曜日に延期
・三原君に電話
・企画書あげる
・G.B床設計
・映像編集
・さやかにメール
・コラボ名簿もらう
・高野さんにメール
・ベンジーに電話
・webつくる
・ネット代払う
・皮膚リサーチ
・G.Bスケジュールたてる
・金属加工業者さがす
・バイト代とりにいく
・模型つくる
投稿者 HIRA : 23:49
朝
試しにドカン・プロジェクトのシステムマップを書いた。
単純だが、ややこしい配線図。
今日、基本システムのテストをする。
それでつまらなければ考えもの。
赤レンガ、今日の授業の準備、11月の展示企画書などの事務作業で朝を迎える。
空腹。
投稿者 HIRA : 06:23
2004年10月11日
ドカン始動
11月の展示に向けた共同制作がスタート。
新宿にてミーティング。
ドカン→ワープ。
大掛かりなインスタレーションになりそうな気配。
照明制御はMIDI、ビデオスウィッチャーはPICになるか。
泥臭く見せない工夫が必要になる。
・映像編集
・ドカンフィックス
・赤レンガコラボ
・GLOBAL BEARING ヴァージョンアップ(床/インターフェース設計)
投稿者 HIRA : 23:49
『ショートカット』 柴崎友香
遠距離恋愛を扱った短編集。
時間、距離、速度といった遠距離恋愛を取り巻く「移動に関する要素」の扱いが、非常に面白い。
現代における人と人との間に在る距離とはどのようなものか?
と考えさせられる。
近いようで遠い/遠いようで近い
テクノロジーは距離を縮めるか?
身体と思考が引き離される感覚。
身体が移動し、思考が取り残される。
ある民族は、旅路を早く進み過ぎると魂が追いつくのを待つという。
投稿者 HIRA : 00:41
2004年10月10日
@町田
高校の友人達とは、月1ペースで飲む。
大学院進学が決まった者、一浪で入学した者、二浪で入学した者、四浪中の者。
みな入り交じって飲む。立場は違っても、月1ペースで話の種は尽きない。
少々の金と煙草があれば、あの場には何も必要ない。
地元で会うのを楽しみにしている。
みな、水を得た魚になる。
投稿者 HIRA : 20:36
2004年10月08日
「柔らかく壊れる」佐々木幹郎氏
自分の「表現(言葉)」が無力になるほどの存在を扱うとき、力量を試されたと氏は語る。
詩中には引用が多用され、空間の描写が織り込まれていた。
自分というフィルターを通さない方が鮮烈に映る物事も多い。
表現を考えるとき、外せない事実。
時に表現者としての欲求を殺すこと(沈黙すること)が、強烈な表現を生むと感じた。
あの詩は、氏の沈黙が生んだ表現でありながら、確かに氏の表現であった。
投稿者 HIRA : 23:57
2004年10月07日
収録を終えて
「創るヨロコビ」
「他者に提示するヨロコビ」
「評価されるヨロコビ」等々
それらを混同しないこと。
欲求と、それに対する充足を慎重に体系化する必要がある。
がむしゃらに組み合わせるだけでは、自身の行方や作風を見失う気がする。
投稿者 HIRA : 23:59
2004年10月05日
はじめに
「思考をテキストに起こす」という行為は、文明的であると同時に、ある危険を孕んでいる。
「日常に散在しているであろう新しい発想や概念」は、テキスト化される段階で単語や熟語の持つ既成概念の範囲に収束してしまう。
ここに書き記す行為は、「思考と、そのテキスト化のバランスをとる行為」であってほしい。
よって、ここに残る文が、既成の文法に囚われる理由は無い。
「命名を待つ多くの事象」のために文面を割く。
投稿者 HIRA : 20:44
test
hello world